仕事を辞めた私は実家に戻りました。安心したのか毎日ぐっすり寝て、酒を飲んで夜更かしする時間もないくらいでした。
この職場に務めていた時は不眠症状も深刻でした。眠いところにリラックス効果のある音楽が常に流れていて、眠気と緊張感がセットだったので、家で寝ただけで起きた時に罪悪感とまではいきませんがそれに近い感覚で目を覚ます事も多かったです。
こんな心理もアルコールに頼った大きな理由でした。
しばらくすると仕事が決まり、研修で4週間ほど東京に行きました。嫉妬深い彼と距離を持てる事、そこで目一杯遊ぶ事が楽しみで出かけた仕事でした。
とてもハードな研修内容とホームシックで私はまた不眠に陥り、ルームメイトもいる事だから寝過ごす事はないだろうと仕事から帰ると酒を飲むようになりました。
疲れ過ぎて眠れないところに酒が入るものだから、何だか毎日心臓がばくばくして手に力が入らない日が続きました。
嫉妬深いうえに離れているから朝とよるに電話してくる彼に、酔ってわざと心配をかけるような事を言っては電話口で大げんかをしました。
心配して気にかけて欲しかったんでしょうが、思えば彼はもう、して欲しい事をしてくれていたのです。
でも私はブレーキがかけられないほど酔ってヒステリーを起こす事に依存していました。
ヒステリー状態で発散した様でも、何を発散したいのかも自分で分からないから、ただ酔って訳の分からない言いがかりをつけては彼を困らせているだけ。
そんな日が続く中、ルームメイトが研修が辛いと辞めて寮の部屋は私一人になりました。
私だって研修はハードでキツくてストレスが溜まり、酒の量も増えました。毎日ぐてんぐてんに酔っ払って寝つき、ある日私は寝過ごしました。
起きた瞬間に血の気が引き、急いで職場に着くと普段真面目な私ですから体調を崩したのだろうと大目にみてもらい、すぐに寮に帰って寝るようにと。
二日酔いで気持ちが悪く、それでも酒を飲んでまた寝ました。
関連記事
もう許してもらえないと知った時
彼は4週間のうちに何度も会いに来ましたが、この時は相変わらず酔って絡んでいました。
彼は離れてみて、会う度に私はどうしようもないと気付いていったのでしょう。そのはず、遠くからわざわざ会いに来ても昼間から酒を飲んで暴力や暴言では。
「じゃあ別れれば!?」と言う私は自信満々で、そこに彼も疑問を持ったのでしょう。なぜ自分がここまでするのかと。
研修が終わり地元に帰ると今度は彼の様子が違い、もう勝手にしろと言わんばかりでした。飲み過ぎて迎えに来てもらおうにも凄く怒るようになりました。
それでも飲み続けた私に見切りをつけた時というのは切ないものでした。
酔っ払って前後不覚の中、もう迎えに行かないと。「じゃあ別れるよ」と言っても来ませんでした。
この時、私にはもう一人付き合っている人がいて、そっちに迎えに来てもらいましたが「何でこんなに酔うほど飲むんだ?」と呆れ顔。
すっごく恥ずかしかったです。やっと私は、あの彼だから酒に溺れたのだと気づきました。あれほど執着していた嫉妬深い彼との終わりは儚いものでした。
優しい恋人ができたんだそうで、勝手にしろ!と私は寂しさがこみあげる中、また酒を飲みました。でも不思議と、捌け口が居ないと楽しくないのでした。
新しい彼には悪酔いするなら飲むなと言われ、それでも前の彼と同様にケンカを吹っ掛ける事が数回続くと自然と別れが来ました。
そんな事を繰り返す中、私がどんなに酔っても怒らない人がいました。付き合ううちに悪酔いも無くなりかけ昼に飲む事も無くなりました。
多分、この人を大事にしたいと思ったのでしょう。今振り返ると、私はアルコール依存性の過去がなければその先に必ずアルコール依存性にかかっていたと思います。
たくさん迷惑をかけましたが、子供の反抗期と同じで必要なことだったような気がします。そうなってみないと分からない人がいますが、私や例の嫉妬深い彼もきっとそうなのです。
依存してみて離れる事ができる人間だったのだと思います。過大評価ですけど。今も悪酔いしてしまう事はあります。ですが、悪酔いしたくて飲む頃とは全く違います。
この状態を私は、アルコール依存性がほぼ完治したと思っています。